戻ってくる記憶

先日、いただいた鴨のパイ包み焼きが磁石のようになって、あの日のワインと鴨のパイ包み焼きのマッチングが鮮やかに戻ってきました。

 そのワインがコートロティ。黒葡萄のシラー種に白葡萄のヴィオニエ種をブレンドしたフランス北ローヌ地方のワインです。ブレンドといっても悪戯に混ぜ合わせるのではなく、色素やタンニンが強いシラー種を柔らかくバランスがとれた味わいやワインのアロマを強めるための伝統的な技として、ヴィオニエ種は20%を上限とすることが決められています。ちなみに5%までヴィオニエ種を抑えたり、混醸をしないという選択をする生産者が多いというのもおもしろいですね。

 フルボディで黒胡椒を感じさせるスパイシーなコートロティと、あの日にいただいた鴨のパイとの絶妙なマッチングそのものが私の中でのブレンドとなり、このとても幸せな時間を忘れることはないでしょう。

 ワインでブレンドを行うのかと驚かれた方もいらっしゃると思います。コーヒーや紅茶、ウイスキー、香辛料やオイル、ヘアカラーやなど、私たちは様々なブレンドに囲まれています。その語源はラテン語の『Blend』。混ぜる、混ざるとともに、元となるものを見えなくするという起源的な意味を表しています。個性的なもの、あるいは、個性が弱いものが混ざり合って新しい個性を造りだす。これは神秘的でもありますね。

 私にとってのブレンドは、やはりワイン。赤や白のワインやスパークリングワインも造り手によって、それぞれ守るべき伝統があり、同時に、来たる世代に向かって研究を重ねています。これらのワインのその年の味わいを決める大切な要素が工程です。単一の葡萄のみで造られるものワインもたくさんありますが、私は、このブレンドに感心し楽しませていただいています。

 ワインは葡萄の品種ごとの特性や、その年の気候などが作用した出来具合いによってセパージュ(品種のブレンドとその比率)が決まります。それがまた料理とマッチした時に複雑な風味を醸し出していきます。

 その味わいがしっかりと記憶のページに残されるというのは驚きとともに幸せですら感じます。でも、複雑な要素が絡み合って造られるだけに同じものに出会うのは難しく、悲しくもあります。

 冒頭に記したあの日のワインの記憶は、あの日だけのもの。もう出会うことはないのかもしれないと思うと喪失感すら湧き上がってくるようです。

 万葉集の一首に『敷島の 大和の国に 人ふたり ありしと思わば なにをか嘆かん』という歌があります。原文はひらがななのですが、分かりやすく漢字を含めて書いてみました。この国には同じ人がふたりいるという、ならば悲しむことはないという内容です。学生時代は読み流していたのですが、いまは、まさにこの心境。同じコートロティの時間がもうひとつあるのなら、悲しむことはありません。いつか、出会えるのですから。

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